2007年12月31日

輪廻転生。生まれ変わったような朝があるということはその日目を閉じると生まれ変われるような夜もあるということで。さよなら2007年、おはよう2008年。

 こんばんは、ダンナの実家へ帰省中(交通手段は自転車、所要時間は約15分)のらっきーです。 年も押し迫って、という言葉がぴったりの今日ですが(そりゃ大晦日だからねぇ、ちなみにドイツ語ではジルヴェスターSilvesterと言うらしいよ。ベルリンフィルのジルヴェスターコンサートまたやってる、とダンナが言ったので思い出した。あの白と黒の犬が寄り添ってるキャラでしょ、ってそれはシルヴィア&シルヴェスターだ〜)、皆様いかがお過ごしでしょうか。


 …ってね、白状すると本当はこのエントリ、ちゃんと大晦日のうちに上がってるはずだったのだ(うわやっちゃったか、と思ったあなたはBLOG慣れしてるね)。
 今までBLOGの親記事更新に使ったことのなかった(正確に言うと「更新できた例がなかった」だが・笑)PDAに新しいブラウザを入れたので、そのテストを兼ねて結構な長さの感動巨編(笑)に取り掛かり、「ゆく年くる年」を観つつ除夜の鐘を聴きながらお義母さまの家で一生懸命ぷちぷちぷちぷち入力し終わってさてこれから更新、というところまで来た。
 いつもはそのまま「保存する」ってボタンを押すんだけど、待てよ、誤字脱字がないかもう一度チェックしよう、って「確認する」のボタンを押してしまったのが運の尽き。

 まるで何事もなかったようにブラウザがふいっと閉じてしまって慌てるワタシ(^_^;)。 今までにも使ってる最中に何の予告もなく閉じることがあったんだけど、アプリケーション画面でダブルクリックしたら何事もなく作業画面がそのまま保存されていたので今回もそれだといいなぁ、と思いながら祈るような気持ちで開けてみる。
 …うわー、デフォルトのホームページが出ちゃった(はい、終了のお知らせ)。 呆然とするワタシ。 いよいよ最後の除夜の鐘です、とTVから聞こえてきて慌てて居ずまいを正して、0:00ってテロップが出たから3人で「今年もよろしくお願いします」って挨拶をしたけれど、頭の中はかなり真っ白(^_^;)。

 もう一度アクセスして確かめてみるがワタクシ渾身の感動エントリは虚空のどこかに消えてしまっていてもう二度と会えない場所へと旅立ったらしく。 「そんなの、長文を書くならテキストファイルを別のエディタで書きながらこまめに保存しなきゃダメじゃない」とダンナに言われる。 誠にご尤も・な指摘なので反論はできない。 が、やってないものは今更仕方ないのだ。 早く帰って覚えてるうちにアリバイ更新しなきゃ、と思うがTVではさだまさしさんの面白番組(毎年年明けにダラダラとやってるNHKの読者ハガキ紹介&トークの番組だ。たまに数曲歌ってくれることもある)が始まってとても帰りますって雰囲気じゃない。 あああ(徹頭徹尾自業自得)。

 え?内容? いやいいんだ、今更再録できるわけもなし。 ただ、ダンナのご家族がどんなに真っ当で本物の家族だったか、という話をつらつらと書いてただけで。 私がいつかは得られるだろうか、と思っていた形の家族に、姻戚という形ではあれ入り込めたというのは嬉しいことだなぁ、ってそんな話を書いてた。 あと何年、ココで年越しできるだろう、願わくばできるだけ長い間であってほしい、とか思いつつその内容は星空の彼方へと流してしまおう。 さよなら、私の産まなかった子供たち(のうちの一人)よ。



 話変わって。 壺井繁治、というヒトを知っているだろうか。 「二十四の瞳」を書いた壺井栄の夫(香川県小豆島出身で同郷)で、プロレタリア文学に傾倒した詩人であった、らしい。 私も詳しくは知らない。 ただ、こういう詩を残したことは知っている。

 「朝の歌」

 生れ変わったような
 朝をむかえたい
 その日かぎり
 死んでも惜しくないような


 前にも書いたことがあったけれど、この詩は昔ウチの玄関に飾られていた。 母は子供の頃から書を嗜んでおり、高校時代までには宮崎県内の取れる賞は皆取った、と豪語していたのだが(聞いた話によるとその才能に惚れ込んだ高校の書道の先生が実家まで「是非お嬢さんを将来その道に進ませてあげてほしい」と頼みに来たらしい。母の父すなわち私の祖父は実利を重んじる人間で、にべも無く断られたらしいが。ちなみにこの先生はそれほど年寄りでもなかったらしく、卒業したら結婚してくれ、みたいなことを仄めかされたりもしていたらしい。そりゃ恋は盲目というものではないのか、と大人になった今は思ったりもするのだが。って随分脱線してるぞ私)、我々が小さい頃までは暇な時間によく大小さまざまの色紙にお気に入りの詩を書いて額装していたものだ。

 どんな長さの詩でも、最初から長さを測ったりせず色紙の大きさぴったりに納めることができる、というのが彼女の自慢だった。 まるで水墨画を見るように大小と濃淡のメリハリをつけた彼女の達筆(とても子供が簡単に読める代物ではなかったので、書きあがった時に読めない箇所を訪ねるのが我々姉妹の常だった)が色紙いっぱいに踊って、新しい額が飾られてしばらくは玄関の雰囲気も変わったものだった。 父はそういうところには鈍感なヒトで、我々が教えてあげるまではついぞ額の違いには気付かなかったけれど。

 また余談。 当時の母は本当に多芸多趣味なヒトで、書の他にも大きな襖一面に絵を描いたり、田村セツコさんの可愛くてちょっとドキドキする絵をハガキ大の紙に水性色鉛筆で描いて額に入れてトイレに飾っていたり(ちなみに田村セツ子さんの絵は私も大好きで、中学時代に母が買ってくれた「ハッピーパーティー」シリーズ全3巻セットは今も自室の本棚に大事に並べられている。時折読み返して元気になったり空想のヒントをもらったりもする)、ある花の絵をモチーフにして木の板に彫刻して表面をサンドペーパーで滑らかにした後で色を付けたものと、タイルを細かく砕いて板に専用ノリで貼っていくタイル絵との両方を並べて飾ってみたり、とにかく色々な手段で自分の芸術的才能を発揮していた。

 あぁ、あの手腕を少しでも受け継いでいれば私の人生もう少し豊かになったかもしれないものを(でも独学で始めたビーズ細工とか編み物とかは結構好きだったよ私も。今も暇になったら編もうとサマーニットの本とか買って眺めて満足して終わっちゃうんだけど、プレゼントした手編みのセーターを着て外出してもらえる程度の腕前ぐらいはあったさ。わぁ懐かしい、思い出してしまったでは・笑)。


 ものすごーく話が逸れてしまった(^^;)。 「朝の歌」に戻ると、この詩が有名なのかどうか私は知らない。 ただ、子供の頃ある時期に毎日毎晩、玄関へ行く度目にしていた記憶があって覚えていた。 他にも印象的な詩があった。 長いものは到底全部は覚えていないけれど、断片的な一節は今もこうやって思い出す。

 「Gの弦(糸?)が切れなければ 出会わなかった人でしょうか」

 父が昔ギターを練習していた(もちろん世代としてはアコースティックだ)というのは知っていたが、実は母も手習い程度なら爪弾くことはできたらしい。 ただ、この一節と母との関連は不明だし、そもそも誰の詩なのかも書いてなかったから記憶が薄れた今となっては探すことも無理だろう。 何故か、母には訊きたくない。 もう覚えていないかもしれないけれど、そういう何かに憑かれたように色紙に向かっていた時代の彼女の意図を今質すのはルール違反のような気がしている。 もうとっくに、当時の母の年齢を超えた娘である私が。


 生まれ変わる、re-in-carn-ate。 目が覚めたら今までの自分でないものになっている、と聞くとカフカの「変身」を思い出すけれど(いやぁぁ毒虫嫌い〜)、そうしたらその前に来るのは当然目を閉じる(そして眠りに落ちる)であって、私としては目覚めた朝の感激より眠りに就く夜の期待感、と言っておかしければ諦観あるいは悟りみたいなもの、にまず興味を惹かれるのだ。

 だから想像する、生まれ変わったような朝を迎える前の夜にはどんな事を考えて眠るのだろう、と。 それが年を越す日だとすれば、その間にどんな事が起こるのだろう。 私にはまだその経験は無いけれど、考えればそれは何と素敵な体験であるだろうか、と。


 その年の境目に、いま自分が立っている。 残念ながらまだ生まれ変われないかもしれない、でも目を閉じて開けたら新しい朝が来ているのは事実なのだ。 その日に、漫然と眠ることなどできはしない、とまた気紛れな空想癖が顔を出す。 大学時代に散々仲良くした、懐かしい特質だ。 ようこそ、お帰り(笑)。

 だから今夜、布団に入ったら目を閉じよう。 まるで生まれ変わる日の前夜であるかのように。 そして何か、遠いのに懐かしいもののことを考えながら眠ろう。 そうしたら、2008年の朝がやってくる。


 …ということで今夜はおやすみなさい。 本当は真夜中遅くにお義母さまの家から帰ってきて、とっくに美容と健康のための時間は過ぎてあと数時間もすれば空も白もうという時刻だけれど、最初の(もう思い出すことすら難しい)長文に免じて大晦日のうちに更新したことにしてもらおうっと。 許してね(誰に言ってるのだ)。 遠い時の切れ目を通り過ぎる時の「かたっ」という音を想像しながら眠りに落ちて、そしてまた戻ってくるつもり。 Let's call it a "year", my friends!!



 (今夜の一曲は…皆様、それぞれ自分の大好きな、来年に連れて行きたい曲を口ずさみながら布団に入ってみてほしい。私の選択はユーミンの"REINCARNATION"。ちょっとだけの試聴はココ、歌詞はココ。高校1年の時友達の家にクラスの女の子全員で遊びに行って、その時に聴いたのが最初だった。密かにアタマ殴られた気分になったのを覚えてる。アレンジの勝利だね)
posted by らっきー at 23:57| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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