ナンだ?っていきなり訊かれても困ると思うので調べたよ、アマチャ(学名Hydrangea macrophylla var.
thunbergii)。 あっ、ハイドレインジャ・マクロフィラってアジサイと同じだ、と思って更に見たらガクアジサイの変種なのだとか、
ふーん(勉強になりました)。 ただの甘いお茶かと思ってたらアマチャって木があったとは知らなかったよ、
アマチャヅルなら聞いたことがあったんだけど(それは違うと思う。せっかくだからこっちも調べた。学名Gynostemma
pentaphyllumでウリ科らしい)。 …とゆーかあたしゃ別に仏教徒ではないんだけどね(むしろそっちの方が問題では。
いやまぁダンナの家は代々真言密教のおうちだから当たらずとも遠からずなのだろうけれど)。
というわけで本日4月8日はお釈迦さまの誕生日、なのだ。 このお話はまた後で。
ところで話は変わるけど、今月のページデザインは初めて写真(しかもハムスター)なんだよね(^_^)。
Seesaaさんのブログデザインの中から選んだだけなんだけど、それにしても何故か、というと実は隣のショッピングモールに今月、
kojimaがオープンしたのだ。 あのペットショップの方のコジマ、ね(^^;)。 ウチでは昔ロボロフスキーハムスターを飼っていて、
これはドワーフハムスターと呼ばれるちっちゃいハムスターの中でも一番小型なんだけど、まるくって茶色くって、まゆげがあるのだ(笑)。
ダンナの同僚が飼ってたのをオンナノコ2匹分けてもらったのだけれど、このロボロフスキー、
数あるハムスターの中でも最も警戒心が強くてヒトに慣れない種類なのだ、よりにもよって(あぁこんなにちっちゃくて可愛いのに、
と何度思ったことか)。 死んじゃった時には大泣きして駒沢こうe、あ、いや何でもない(^^;)、近所の公園に埋めに行ったっけ
(真夜中に紙袋とシャベル持って歩いてる2人連れってのも結構不審なものだった)。 今でもあそこで、咲き誇る桜を見てくれているだろうか、
それとももう桜になって、毎年咲いたり散って天に昇ったりまた地に還ったりしているだろうか。
という思い出のあるロボロフスキーの他に、さすがペットショップ、いろんな種類の大小さまざまなハムスターが居るのだ。
でもやっぱりドワーフが一番可愛い。 有名なジャンガリアンに、ロボにもホワイトっていう白い亜種がいるんだねぇ、
それからチャイニーズだっけ? 何種類か別々の区画に6,7匹ずつ飼われてるんだけど、
たっくさん塊になってケージの隅っこに置いてある小屋に入ってて、入り口からはみ出して折り重なったまま全員ぐーぐー寝てたり(^^;)。
あぁもう、可愛らしさレセプター発現全開飽和状態〜(はぁと
)って感じ(*^_^*)。
だから時々、用も無いのにハムスターに会いに行っている。 最近のケージはまた進化していて、
回り車も静かだしコンパクトな飼育ケースなんだけどちゃんと走り回れるようにうまく通路代わりの細いチューブが通してあって様々な工夫が凝らされていたり、
と我々が飼ってた時代を思ってまた感心してみたりする。 本当はまたウチでも飼いたいんだけど、ダンナの許可が下りないんだよねぇ(
「何言ってるの!ベランダのブルーベリーだってこの冬ロクに水もやらないで放っておいて半分ぐらい枯らしちゃったでしょー!」
って怒られてしまった。いやまさか、あんなに放っておいたのに春になったら半分ぐらい生き返ったという方が私にとっては驚きだったんだけど、
と正直に言うわけにもいかないので黙ってお説教を拝聴しておいたけど)。 だから、
ウチで飼う代わりにせめてハムスターと接する時間を少しでも長くしようと思ってトップページをこのデザインにしているわけなのだ、今月
(ようやく話が戻ってきたよ。長いんだってば)。
ちなみに私はダンナと話す時にだけハムスターのことを「はぬ」と呼んでいる(^^;)。 唐突だけど、何だかハムスターって「ぬ」
って字に似てない?(似てるよねぇ?) だから、というわけでもないんだけど(^_^;)、ほら誰にでもあるよね、
家庭内でだけ通じる言葉とか語尾変化とか喋り方の法則とか呼び名とか、その一種だ。 我が家はそれが異常に多い、ような気がする
(ヨソと比べたことはないけれど。しかも大多数が私の持ち込みなのだけれど)。 夫婦揃って同じ趣味が多いせいかもしれないし、
私が戯れに付けた変なあだ名が定着してしまうこともあるし(笑・
例を挙げたいのだけれどあまりにも馬鹿馬鹿しいものが多いので恥ずかしいからこっそりしまっておこう。
すぐ思いつくのって10個ぐらいあるんだけどどれもヒト様に公開できるようなシロモノではないなぁ、あわわ)。
そう言えば昔私が子供だった頃、実家の父は時々私をニックネームで呼んでいた。 いや、
実名をもじって簡単にしただけのものなので大したあだ名ではないのだが、今でも帰省したりすると呼びかけや三人称としても使われて、
その度に懐かしい。 あれ、いま気づいた、そう言えば母にその名で呼ばれたことはないなぁ、いつもその場近くで笑っていたけど。
多分父しか使ってなかった名前だと思う…おおお父さま、ワタクシもあなたの娘でございました揺るがぬ証拠をありがとう(笑)。
コドモが居ないにも関わらず、ダンナは私のその下らない遊びに付き合ってくれている。 最近では彼から新しい言葉を学ぶことも多い
(主に国内サッカー板経由だけれど、時々涙が出るほど面白い逸話があってそこから取られた言葉は数年経っても容易には色褪せないのだ。
凄いねぇ)。 そのうち編纂したら辞書が作れるかもしれない(それは大袈裟)。
あと何十年か頑張ったらミニチュア本ぐらいは出版できるかもしれないけれど(しないしない・ご安心を)。
さて今日の一曲は先日に引き続いてニャるけさんの得意分野、Godiegoの「組曲・新創世紀(Suite "Genesis")」
から6曲目、"釈迦の歌(Buddha's Song)"をお届け。 実はこの組曲、6つの曲から成るんだけど結構長くて、
youtubeのvideoも2つに分かれているんだよね(ココとココ、
1つの長い映像を2つに切ってあるのでご注意。ちなみにこの"Buddha's
Song"は2つめのvideoの3:37あたりから始まる)。 ちなみに歌詞はココ。
タケカワ氏の発音は結構綺麗で聞き取りやすいけど、対訳も付いてるので是非一度ご覧頂ければ、と思ってご紹介しておく。
実はこの組曲、一種のミュージカルになっているのだった。 作品世界をまとめて記すと、「昔々世界にはたった1つの国しかなくて、
全能の女王が統治していた。彼女に3人の息子が生まれ、その名を仏陀、イエス、モハメッドと言った。
子供たちはそれぞれ一人前の青年に育つが、女王の男達への徹底した専制統治を見かねて母との訣別を決意し、最後は女王と戦うことになる。
戦いは男らが勝って終わり、3人の息子達はそれぞれの方法でこの国を良くすることを誓う。その中の1人、
仏陀は悟りによって人々を導くための歌を歌う」というものだ(勝手にまとめたんで違ったら指摘してくださいね>ニャるけさん)。
「この世を超えたところにもう一つの世界がある」と歌い始められるこの歌はシンプルで分かりやすいメッセージを持って我々を遠くへ、
高みへと導こうとする。 若かりし日のタケカワ氏の歌声は苦しんだ末にそこへ到達した仏陀(釈迦)の衆生への呼びかけを思わせて伸び、
冴え渡りながら彼方へと消えていくのだ。 曰く、
この世から逃げ惑っていた時
最後にそれ(もう一つの世界)が僕に追いついた
その時初めて道が見えたのだ
僕はこの世界で永遠に自由になるだろう
(I'll forever, ever, ever, ever, ever be free in this world....)
心の平和のある世界、から翻って真夜中の東京、気がつけばまた私はどっぷり「この世」
に浸かっているのだけれどそれは仏陀の運命でもあって。 悟ってしまってどこかへ行ってそれきりこの世からさようなら、ではないのだ、
空を飛ぶことを一種の宗教にしたカモメ、ジョナサン・リヴィングストンとは違って。 いや、
彼自身はどこか遠い世界で今も衆生を見守っている、のだろう。 ただ、後に続くものが必要なのだ。 フレッチャー・
リンドのように師を離れて群れに戻り、向き合って最初の一言を発しようとした瞬間、彼にも本当の意味での悟りというものが訪れる。
悟りは常に、俗世に戻ったところに存在しているのだとまた、宗教も教えているのだろう、多分(ごめん仏教徒じゃなくて。
とまた無粋な断りを入れてしまうのだけれどそれが私の個人的理解だ)。 …と、ジッドの「狭き門」と並んで私の心の一冊である
「かもめのジョナサン」にも少し絡めてお釈迦様のお誕生日をお祝いしてみた。 あぁ、ようやくタイトルと繋がったよ、
どうなることかと思ったけど(笑)。
明日はお休みなので、アマチャ、じゃなくて甘いお茶を淹れて朝からゆっくりする予定。 スポーツクラブに行って、
帰ってきたら今度こそ日常を離れたもう一つの世界を探しに行こう、夕食の支度をするまでの時間限定で(笑)。 そして悟りを開けたら歌を歌おう、
鼻歌でもいいから。 それが本当のBuddha's Song、じゃなくてLucky's Songになるまで(^_^)。
いつか名だたる歌手になったら読者の皆様にも披露させて頂くかもしれない、のでお楽しみに(笑)…それじゃまたいつか、近い将来お会いしましょう、
約束ね(^_^)/。 おやすみなさーい。


あ、やったぁ、賛同者現る(^_^)。 ありがとうございます〜(*^_^*)。 安心して「はぬ」と呼び続けることにします、ヒト様の見ていないところでは(笑)。
「MIKUNI」のメロディを使ったギター・ソロのエンディングが素晴らしい!!
今思えば「MIKUNI」も、「心を高く飛ばして自由になろう」という意味の歌ですから、
ここで使われるにはピッタリの曲だったわけなんですね。
はぁ〜(;;)札幌に負けました。(ご存知かとはおもいますが)なんだかあの不甲斐無さに、あきれてしまいます(−_−メ)。
今日はこれから行ってきます。雨が降らないことを祈りながら。
>>戦術福来さん
…あっ、ひょっとして村人さん、でいらっしゃいますか?(笑・HNの読み方、いま判りました!遅いよワタシ)
>>ニャるけさん
そう、エンディングが"MIKUNI"なんですよね。 アルバムヴァージョンではそこまではっきり出ていませんが、イメージではあの曲を意識してますよね(最後のピーヒャララが・ってもっと良い呼び方はないのかワタシ)。
「Dead End」は暗いアルバムで、世相を反映したのか犯罪の話とかも多かったんですが、私の大好きなタイトルチューン(Love Flowers Prophecyなんて小癪な着想のタイトルですよねぇ♪)と、最初の"Millions Of Years"(この曲も出だしから泣けました。今でもお風呂で歌うゴダイゴの曲、5本の指に入ってます・笑)と最後の"MIKUNI"だけには救いがある。 素晴らしい構成だなぁ、と思います。
…あ、でも、せっかく高く飛ぶなら身体を置いて行きたくはないのですけれど個人的には(笑・台無しなコメント)。
>>サックスブルーのお嬢さま
やっぱり来年の補強ポイントは一番後ろの、いやそのまぁあの(自粛)。 いいえ、ウチの山岸はあげませんよ(^_^)。
…というかお疲れさまでした。 昨日もお疲れさまで今日も生憎の雨で寒い中本当にお疲れさまでしたm(_ _)m。 じゅびこさんの応援のおかげで勝てましたよ浦和! ありがとうございます感謝感激〜\(^o^)/。
ダンナ様、何かおっしゃってましたか? お顔の色は鹿さんのアウェイユニっぽかったですか?(笑・追い撃ち) 勝ちはしましたが、鹿島さんは本当に強いチームに仕上がっているなぁ、と90分生きた心地がしませんでした。 大丈夫、あとは安心してまた連勝街道を突っ走ってくださいませ、とお伝えを。 ACL、決勝でお待ちしています(^_^)v。
風邪など御召しになりませんよう、あったかくしてお過ごしくださいね。 ウチは今、テレ玉の録画放送を観終わってサンデースポーツ中です。 やべっちFCも観ますとも!(笑)